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私の介護体験記C

<Vol.53  2009.7/8月合併号>
出合った人たちとの連携があったからこそ乗り越えられた介護生活。
さいたま市在住、伊藤様のお話をご紹介いたします。



今日でだめかもしれない…
 とても暑かった夏に、脱水症状になり1ヶ月の入院生活を送った母は、いつもの笑顔を取り戻すことができませんでした。そんな折、幸いにも病状が安定し、大好きな皆様がいるホームに戻ることができたのですが、その日のうちにまた熱が出てしまいました。
 数日間、往診医の先生に診察をして頂き、通院しながらもホームでの生活を続けました。その間、看護師さんやホームの職員の方々には献身的にお世話をして頂きましたが、母は、元気がなく、だいぶ弱ってきているように見受けられました。
 退院から4日後、「お母様の熱が下がらないので病院につれて行きます。すぐ来てください」とホームからの連絡がありました。胸騒ぎがしてすぐに駆けつけたところ、いつもの母とは様子が違いました。目が左右に動き、体がぶるぶる震えていたのです。待合室で診察の順番を待つ時間が、本当に長く感じられました。やっと点滴をしていただけることになりましたが、そのまま入院することになりました。その際、入院に必要な物を職員の方が届けてくださり大変たすかりました。病院からは、「2、3日かもしれないので身内に知らせるように」と言われ、すぐ兄弟に電話し、娘たちにも電話をしました。一向に容態がよくならない母。「今日でだめかもしれない」という医師の言葉が胸につきささりました。
 結局この日の午後6時すぎ、先生、看護師の方、姉夫婦と私の娘が見守る中、母は、苦しむことなく眠るように息を引き取りました。 


多くの方々に支えられた日々
 お骨にして秋田につれて帰り、父のそばに納骨したとき、やっと重いものが降りた気がしました。私は介護をしたとは言えませんが、自分の側で2年近く「手助けができたこと」や、姉や弟たち、妹、孫、それぞれがいつも母のことを気にかけてくれたことは、母にとって、幸福だったと思います。
 退院する前に、これ以上迷惑はかけられないので、別の場所へ移ることになるだろうと覚悟したとき、ホームの方々から「大丈夫。帰ってきて下さい」と言っていただいたこと。母が退院してから、再度入院するまでの4日間、献身的に介護をしていただいたこと。1度自宅に帰らせてあげたかったと悔やんでいた私に、若い職員の方が、「我が家に戻ってきて、我が家から病院に行ったと思って下さい」と言われたこと。この言葉を聞いたとき、心の中にあったものが、すーっと消えていくような気がしました。
 入居している間、職員の方々には、私たち家族からの要望に対して、すぐに対応していただきました。また、職員の方々との信頼感が大切なことであると学びました。多くの人たちと母はかかわり、大切にして頂きました。クリスマス、夏祭りなど、行事に参加し、ホームで生活をしていた時の『母の笑顔』を今でも思い出します。本当にありがとうございました。


 

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